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2009/05 Bison

Bison

09年5月 バイソン

野生動物というのはごく大ざっぱに言って、人から逃げようとする。そもそも人に見つからないようにしている動物もいる。だからアップで撮影するのはなかなか難しく、フレームいっぱいに姿を捉えると、それだけで「やった!」と、初歩的な満足に甘んじることもある。本当は、いい写真であるためにはさまざまな条件が必要なのだが、そこそこの大きさに捕らえるという最初のハードルが高いので、光の具合やバックを選ぶなどという贅沢は言っていられないのが普通だ。

ところが、イエローストーンには例外がいる。アメリカバイソン。車を走らせているだけで必ず見るし、道路わきに群れていることもある。25ヤード(23メートル)以上近づいてはならない、バイソンの生活の邪魔をしてはならない、という規則を守れば、自由に撮り放題だ。望遠から広角までレンズを交換し、さまざまな絵づくりを楽しむことができる。

Bison

5月初旬、イエローストーンでは次々にバイソンの子どもが生まれる。生まれた日から歩くことはもちろん、母親についていくためなら、小川を泳ぎ渡ることもある。一見、家畜の子牛に似ているが、野生の生命力を秘めている。

生まれてからしばらくは母子だけですごすが、まもなく母子は雌の群に合流する。大きな群の中には10頭以上のベイビーバイソンを見ることもある。ベイビーバイソンの毛色は黄土色で、こげ茶色のオトナたちの中でよく目立つ。

僕はカメラを持つと、いい絵柄を撮ることに、そしてどうしたら彼らの野生を写せるかに終始して、ファインダーで動きを追う。どのベイビーも一様に可愛らしいという前提で、状況を優先して子どもを選ぶ。ところが妻は双眼鏡で、ベイビーバイソンの顔をよく見ている。僕には大差のない顔に見えても、彼女いわく、中には目がくりくりとしてすごく可愛らしい子や、ひょうきんな顔の子や、怒ったような顔つきの子などがいるという。そして、特に可愛い子どもを見つけると、アップで撮っておいて欲しいと言う。

僕にとって野生動物の最大の魅力は、彼らの生き方だ。それぞれに特殊化した生きる能力だ。だから、人間の視点による「可愛らしい」という写真には、それほど意義を感じていなかった。ところが隣の妻を見ていると、動物の「可愛らしさ」というのは大きな魅力なんだということがよくわかる。妻はバイソンの大きさと強靭さを知っているだけに、可愛らしいという落差がたまらないのかもしれない。

よくよく考えてみると、毛が生えそろった哺乳動物の子どもで、可愛らしくない子どもなどいないのではないか。ということは、人間の視点による「可愛らしい」は無意味どころか、種を超えて共通する感情だと言えるかも知れない。可愛らしいからこそ、親からより深い愛情を注がれ、仮に親を失っても群のメンバーに助けられて育つこともあるのではないか。無力な子どもにとって、可愛らしさは、貴重な生きる能力の一つかもしれない。