FIELD NOTEFIELD NOTE

2010/03 Lynx

Red Squirrel

10年3月 リンクス

テント場を出て、朝の林にスキーを向けた。前日の日中にわずかに溶けた雪面がクラストになり、ガリガリと音を立てる。スキーが引っ掛かっているわけではないが、その音では滑らかに進んでいる気はしない。まったく耳障りだが、この音は春の予兆のひとつなのだと言い聞かせてがまんするしかない。

ほどなくしてアカリスを発見。ロッジポールマツのコブをくわえている。木の病気で枝にできたこぶを噛み切って、その皮をたべるというアカリスの風変わりな行動だ。撮影のために近づきたいが、スキーの音が邪魔をする。しかたがないからゆっくりと、ゆっくりと、ゆっくりと時間をかけてリスに寄る。

そのリスがこぶの皮をかじり終えた後、周辺の痕跡の写真を撮ったりして、僕はそのあたりにかれこれ10分間ほどいたことになる。

再びスキーを滑らせて、ほんの数分進んだところで、林の中に動く、茶色の何かがあった。シカだろうか?こんな雪の深いところに?

Lynx

確認するために双眼鏡で覗くと、それはカナダリンクス(オオヤマネコ)だった。薄いクラストを踏み抜きもせず、木々の間を縫うように漂う。

写真を撮るには遠すぎるから、双眼鏡で追っていたほうが楽しめただろう。だが、リンクスを見たと自慢するには、わずかなりにも証拠がほしい。ここはひとつ、「写真家はアーティストであって、断じて記録係ではない」、という持論を封じて、カメラに持ち替える。

無数のロッジポールの幹が立ちはだかって邪魔だ。少し移動するが、またしてもスキーがガリガリと音を立てる。追うのは無理。次にリンクスが見えそうな場所にレンズを向けてピントを合わせ、一瞬に賭ける。

出た、今だ! 

数秒後にはリンクスは木々の奥に消えてしまった。初対面のリンクスとのあっけない幕切れ。だが余韻が胸の隅々に染み渡る。

このあたりでは足跡を何度か見ていたので、いつかはリンクスを見られるのではないかとも、永遠に見ることは無いのではないかとも思っていた。

今日に限って言えば、あのアカリスが僕を数分間引き止めてくれたおかげで、リンクスの移動ルートと、僕のルートがほぼ同じ時間に交錯したといえるだろう。あのいまいましいスキーの音さえも、それに協力してくれたのかもしれない。