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2012/02 Diseased Wolves

Wolf

12年2月 皮膚病のオオカミ

冬のイエローストーン国立公園の多くの道路は、除雪しないでスノーモービルや雪上車を通行させるところがほとんどだ。除雪されて一般車両が通行できるのは、北部の84kmだけ。それでもこの中には草原や山、樹林帯、川などがあって、何種類かの動物を見ることができる。だからここには、厳冬期にもかかわらず、少なからず動物ウォッチャーやカメラマンがやってくる。

その日僕が道路わきの小さなパーキングに着いたのは朝6時過ぎ。まだ撮影できないほど暗かったが、すでに3台の先客があった。その後何台かが到着し、狭い駐車場は10台ほどの車で埋まってしまった。

理由は、前日交通事故で死んだエルクが、駐車場から100メートルほどのところに置かれたからだ。となれば、オオカミがそれを食べに来ることが期待できる。1日目は夕暮れまで来なかったが、オオカミは夜の間に餌付き、朝まで周辺に残るだろうと僕は読んでいた。もちろん他のカメラマンもそう願い、朝から押しかけているのだ。僕はカメラマン集団の中で写真を撮りたくないのだが、チャンスはチャンスだと、自分を言いくるめる。

読みははずれた。エルクの肉塊はそのままだ。しかし、厳冬期の肉を、オオカミが放っておくことはないだろうと、粘ることにする。

駐車場の一辺には、それぞれのカメラマンが場所取りのために並べた望遠レンズが並ぶ。機材の総額は一千万は下らないだろう。ほぼ全員が、レンズと三脚に迷彩模様のテープを巻きつけている。そして、申し合わせたように迷彩服を着込む。さながらコンバットゲームのスタート地点だ。それが中東あたりの戦場という現実味がないのは、全員50代から60代で、30分も砂漠を歩いたら倒れそうなオヤジばかりというところ。そして彼らは、仮に敵が近づいてきても黙っていることができない。

8時15分、北側の尾根に5頭のオオカミが姿を現した。当然ながら、道路わきの人間を観察し、肉塊への接近を躊躇している。と、1頭の黒っぽいオオカミが群れから抜け出て、尾根から斜面を下り、道路をわたり、雪原をまっすぐに移動してエルクの肉に辿り着いた。

Wolf

カメラマン一同、唖然。そのオオカミは皮膚病に犯され、後ろ足、尾、尻、腹の毛が抜け落ちていたのだ。せっかく待ったのだからシャッターを押しつつも、これでは資料写真にしかならないと思ったのは僕だけではないだろう。正面を向いた瞬間を狙って撮影するが、すでに意気消沈。

イエローストーンにオオカミが放たれたのが1995年と96年。その後彼らは順調に繁殖したのだが、2002年に発見された疥癬はしだいに拡散し、2009年には感染率がピークに達した。現在でも多くのオオカミが患っているという。疥癬は湿疹、かゆみ、脱毛を引き起こす。イエローストーンのように、マイナス40度にも気温が下がる場所での脱毛は、致命傷だ。実際、全滅した群れもある。

およそ1時間後、他のオオカミのうち3頭がこちらを伺いながら、ゆっくりと斜面を降りてきた。雪が激しく降っている。その視界の悪さが、彼らを後押ししているのかもしれない。よく見ると、やはり一部が脱毛した個体もいるが、まだそれほど目立たない。4頭でエルクの死骸を食べ始めれば、小競り合いが起こり、おもしろいシーンが期待できる。僕はカメラに顔を押し続け、その瞬間を待った。

このとき、駐車場はにわかに興奮の渦に巻かれていた。車のドアが開く音。氷を踏みしめる音。大変よく聞こえるひそひそ声。ドアを閉める音。当然、人影が動いているだろう。

エルクの死骸まであとほんの40メートルばかりというところで、オオカミは立ち止まった。こちらを注視する。それはそうだろう、人間の動きが読めない。駐車場からは一歩だって出ませんぜ、というオヤジたちの約束を、彼らが知る由も無い。

10秒か、20秒か、立ち止まっていたオオカミ3頭はくるりと向きを変えると、もと来た斜面に戻り、その後二度と降りては来なかった。

あのさ、動物がこっち見てる時は、フリーズしてくださいよ。迷彩服が泣くぜ。