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2016/06 Risk of the Mineral Lick

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2016年 6月 ミネラルリックの危険

ビデオカメラのファインダーの左隅に、突然グリズリー(アメリカヒグマ)が入ってきた。この場所にグリズリーがやってくることは、わずかながら期待していた。しかし、撮影中の画面に割り込んでくるとは、まったくの予想外だった。ちょうどそのミネラルリックの土をなめようとしていたマウンテンゴートの群れは瞬時に反対側に走り、もちろんクマは彼らを追った。僕は「落ち着け、絶対にグリズリーを視界から外すな!」と自分にゲキを飛ばし、雲台のハンドルを握りしめた。

そのときミネラルリックにいたマウンテンゴートは少なくとも18頭。そのうち、生後一か月ほどのベイビーが4頭。グリズリーの乱入で群れは分断し、7頭は下方、手前に逃走。ベイビーを含むその他は、ミネラルリックの斜面を駆け上り、岩壁の方向に走り去った。グリズリーは一瞬動きをゆるめ上下のの群れを見ると、上の群れを追い、やはりすぐに消えてしまった。僕はその斜面のふもとにいたから、斜面の向こう側は全く見えなくなってしまうのだ。グリズリーが、ゴートの群れにわずか20メートルまで姿を見せずに近づけたのは、その地形のためだ。

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僕はカメラを担いで斜面を登り、ミネラルリックから150メートルほど離れたところにグリズリーを発見した。すでにマウンテンゴートはどこにも見当たらない。クマは山側に向かって歩いていたが立ち止まり、こちらを見ている。こんな時はまず静止するのが鉄則。クマはゆっくりと、今度はこちらに歩き始めた。僕に興味があるとは考えにくい。もしかして、ゴートを捕ったのか?

やがてグリズリーは白い物体に近づき、それをひょいと、軽々とくわえあげた。ベイビーゴート。ほんの10分前まで母親の後ろを走り、あるいはほかのベイビーたちと飛び跳ねて遊んでいた生後一か月の小さな命だ。今は絶命し、まるでぬいぐるみのように、クマの顔の前で力なく揺れている。グリズリーは僕とは反対側に、ゆっくりと歩き始めた。

つまり、僕の出現に驚いたグリズリーは一旦そこから立ち去ったが、僕が立ち止まったので獲物を取りに戻ったということだろう。グレイシャー国立公園のグリズリーのほとんどは人間を恐れ、避けている。僕はそれ以上邪魔をしないように、カメラにしがみついたまま、クマがファインダーの視界から消えるまで見守った。

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このミネラルリックは岩壁から約350メートル離れている。その間は草地と大きな岩が散在し、マウンテンゴートが避難できる場所がない。この距離と環境は、グリズリーに追われたら、成獣でも相当危険である。ましてや生後1か月のベイビーゴートにとっては。それでもそこにゴートは集まる。初夏のゴートにとって、ミネラルがどれほど魅力的かを物語る。

植物を食べてでも生きられるグリズリーが、無力のベイビーゴートを襲ったのはあまりに残酷なのではないか。危険を承知で子供を連れて行った母親は、あまりに不注意なのではないか。僕のつたない文を読んだ方はそう思うかもしれない。だが現場では、片方の立場ではなく、双方の立場を考えることができる。残酷だとか、不注意だとかいうことではなく、命のつながりを大局的に見ることができる。僕は、大好きなベイビーゴートが殺されたという衝撃よりも、「マウンテンゴートは、だから氷河が削った険しい岩壁が必要なのだ」という事実の重みに、改めて感動していた。

ゴートを追い始めて29年。初めてその事実を自分の目で確認することができた。